2005年11月14日
ウツワ
なぜ小泉総理の人気が以前程なくなったのか?
以前はたいへんな人気で写真集やポスター等グッズまであり、売れていました。
反対側から考えます。じゃあなぜ、今まで人気があったのか?
それは、全ての人達の要求に応えてきたからです。
スーパースターの条件は全ての人達の感情を引き受けられるということです。こだわりがあれば、あらゆる感情を引き受けることは出来ません。
「全ての感情に答える」。これは悪くいえば「空っぽ」という言い方も出来ます。しかしある時それに気づいてしまい本音やポリシーを出してしまうと、全ての感情に答えられなくなります。
でも「空っぽ」(悪い言い方)がそんなに悪いことなのかな?とも思います。歴史的に見てもこだわりを持って成功した人物は私の知る限り織田信長や秦の始皇帝くらいで他には見あたりません。そういった人物も反乱にあい短期間で倒されています。徳川家康、劉備元徳、等成功した人物は皆自分自身は「器」となり全ての感情を受け入れてきたはずです。
あらゆる事を許せる「器」を持っていたはずです。これは大変な強さが必要なもので、徳川家康は天下(社会、全体)のため自分の息子を処刑しています。劉備元徳も天下のため優秀な人物であれば自分の命をねらった人間であれ臣下にしています。
自分の欲求よりも全体(全体、大義)の利益、感情を優先出来る強さが必要です。
殆どの人にとって自分に都合のいいことが「正義」で不利益なことは「悪」です。財政が破綻しそれでも税金を垂れ流して必要のない橋や道路を造り、郵政や道路公団の民営化に反対し、空出張を繰り返し全体が沈没していきます。それでも止められません。
弱いです。
誰が鈴木む○お のことを非難できましょうか?そこにたむろしている人間は程度の違いがあるだけで精神構造は皆一緒です。
それには自分にとって利益があることでもそれによって全体に不利益を及ぼすことであれば「悪」だといえる強さが必要です。でもそういう人は殆どいません。
K.O.SHOOTO GYMもなぜこれだけの人が集まったのか?やはり多くの感情を受け入れられる「器」があったからです。(別にそんなことを意識したことはありませんが)
でもこだわりがないというのもこうして書くと寂しいものです。
でもこだわり(理想)が強すぎてそこに誰も集まらなければ、それもまた寂しいです。
やはりこれもバランスです。その不安定さの中に安定があります。